坐禅の足・手の組み方と呼吸法|作法の違いを整理しました

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坐禅のやり方を調べると、お寺や説明動画によって「少し違う」ことに気づきます。

「足の組み方は右足を先に乗せると書いてあるものと左足を先に乗せると書いてあるものがある」
「手の親指はくっつけるのか離すのか」
「呼吸は数えるのか数えないのか」

細かいところで若干パターンが違っていて、どれが正しいのか迷う方もいるかもしれません。

結論から言うと、細かい作法は宗派・お寺・和尚さんによって異なります。どれかが「間違い」ということではありません。この記事では、曹洞宗(大本山永平寺・曹洞宗公式の案内)の作法をメインに整理しつつ、他の宗派や場所で違う部分も交えて整理していきます。

お寺の坐禅会を訪れる場合は、住職さんのご指導に従えば問題ありません。自宅で実践される方はまず一つのやり方を覚えて、坐禅会にもぜひ一度参加してみてください。

この記事でわかること
  • なぜ坐禅の作法は場所によって少し違うのか
  • 足の組み方4種類(結跏趺坐・半跏趺坐・あぐら・椅子)と選び方
  • 法界定印(手の組み方)の正しい形と意味
  • 呼吸法——曹洞宗の考え方と数息観(臨済宗で広く教わる方法)の違い
目次

「作法が違う」のはなぜか——まず背景を整理します

坐禅は、禅宗(曹洞宗・臨済宗・黄檗宗)を中心に日本に伝わった仏教の修行法です。宗派が複数あり、それぞれに師匠から弟子へと受け継がれた作法があります。

たとえば坐る向きでいうと、曹洞宗は壁を向いて坐り(面壁と言う)、臨済宗は中心に向かって坐る(向外と言う)の形が一般的です。呼吸の指導も、住職さんによって「数えてください」「数えなくていい」「吸う息から始めてください」「吐く息から始めてください」などとさまざまです。

こうした違いは「どちらかが間違い」ではなく、それぞれの流れの中で受け継がれてきた伝統の違いだと思ってください。お寺の坐禅会に参加したとき、事前に調べていた作法と少し違っても慌てないでください。その場の指示に従うのが一番です。


足の組み方——4種類と選び方

足の組み方には段階があります。「結跏趺坐でなければいけない」ということはなく、自分の体の状態に合った形を選ぶのが正解です。

結跏趺坐(けっかふざ)

結跏趺坐(けっかふざ)
※目は閉じません。

右足を左の太もも上に乗せ、次に左足を右の太もも上に乗せる形。両足の裏が上を向きます。お釈迦様が悟りを開いたときの坐り方とされており、最も重心が安定する姿勢です。股関節と足首に十分な柔軟性が必要なため、初心者がいきなりこれを目指す必要はありません。できる人はこれで座ってみましょう。

半跏趺坐(はんかふざ)

半跏趺坐(はんかふざ)
※目は閉じません。

片足だけを反対の太もも上に乗せる形。初心者が目指すべき基本の形です。曹洞宗の一般的な作法としては、左足を右の太ももの上に乗せ、右足は左の太ももの下に入れるですが、どちらでも良いとする方も多いです。どちらが正しいかではなく、参加するお寺の指示に従うのが最も確実です。やりやすい方でも良いかもしれません。

あぐら・正座

半跏趺坐が難しい場合は、普通のあぐらや正座でも坐禅ができるとする場所も多いです。いずれの場合も「骨盤を立てて背筋を伸ばすこと」が最優先です(後述)。

椅子坐禅

膝・腰に不安がある方は、椅子坐禅が正式な選択肢です。曹洞宗公式サイトには「ひざに慢性的な痛みがある方は、椅子坐禅でも構いません」といった案内もされているほどです。椅子坐禅の詳しいやり方と道具についてはこちらの記事でも書いています。 → 坐禅椅子おすすめ7選|選び方と椅子坐禅のやり方を解説

「足より腰」——骨盤を立てることが最も大切

足の組み方に意識が向きがちですが、坐禅の姿勢で最も重要なのは骨盤を立てることです。骨盤が後傾して腰が丸まった状態では、どんな足の組み方をしても姿勢が崩れ、呼吸も浅くなります。

坐蒲(ざふ)のお尻の後ろ半分程度に乗ることで骨盤が前傾しやすくなり、背筋が自然に立ちます。足の組み方はその「上に乗る土台」にすぎません。腰が立てば、足は半跏趺坐でも、あぐらでも、椅子でも、坐禅の姿勢として機能します。


手の組み方——法界定印(ほっかいじょういん)

法界定印の形

坐禅の手の形は法界定印(ほっかいじょういん)が基本です。

  • 右手のひらを上にして、組んだ足(または太もも)の上に置く
  • その上に左手のひらを同じように上にして重ねる
  • 両手の親指の先を軽く触れ合わせ、きれいな楕円(卵の形)をつくる

置く位置は下腹部(丹田)の前・へその下あたりが目安です。腕が宙に浮かないよう、太もものつけ根あたりに自然に落とします。

親指に力が入りすぎていないか——手は「心の鏡」

法界定印の親指の合わせ方について、実践者がよく言われるのが「親指に力が入っていたら心が乱れているサイン」ということです。雑念が湧いたり眠くなったりすると、知らず知らずのうちに親指に力が入って山型になったり、逆に親指が離れて谷型に変形していきます。

坐っている間、ときどき手の形を確認することが心の状態を確認することにもなります。法界定印にはそういう意味合いもあります。

なお、臨済宗などでは結手(けっしゅ)という、右手で左手の親指を握る別の手の形を使う流れもあります。こちらは江戸時代に生まれた手の結び方で、左手の親指を右手でぎゅっと握り込んだ状態で、左手のひらに置く形です。座禅会やお寺での指示に従うのが確実です。

私は手に力が入ってしまって慣れないので、家では法界定印の結び方をしています。


目・口・舌の作法

半眼(はんがん)——なぜ目を閉じないのか

初めての方は以外かもしれませんが、坐禅中は目を完全に閉じません。薄く開いて(半眼)、斜め前方の床を見ます。視線は約45度下、目の前1.5メートルあたりの床に落とすのが目安です。

なぜ閉じないのかというと、目を閉じると頭の中で思考が巡りやすい・眠くなりやすい・妄想に入りやすいからです。半眼は「外の世界を完全に遮断せず、かといって意識を外にも中にも向けすぎない」バランスの状態を保つための作法です。

口と舌の作法

口は軽く閉じます。舌の先を上顎(歯茎のすぐ後ろあたり)に軽くつけるのが伝統的な作法です。口腔内に空気の通り道ができ、唾液が口に溜まりにくくなります。


呼吸の整え方——ここが一番「人によって教え方が違う」部分です

呼吸の指導は、坐禅の作法の中で最も場所によって違うと感じる部分かもしれません。「数えなさい」「数えなくていい」「長く吐きなさい」「自然に任せなさい」どれが正しいのかと混乱した方もいるかもしれません。

曹洞宗の考え方——呼吸は「整えるもの」ではなく「任せるもの」

曹洞宗(只管打坐)の本来の立場は、「技法を使わず、ただ坐る」です。ここが本質であり、全てです。呼吸に特定の操作を加えるのではなく、自然に任せることが理想とされています。

ただし初心者向けの指導では、「鼻呼吸・吐く息を長く・丹田(下腹部)を意識する」などのシンプルな案内がされることがほとんどです。

「吸うときは鼻から。吐く息を静かにゆっくり、長々と出すことが大切。」といった程度のご指導です。

坐禅に慣れるにつれて、特定の技法に頼らず(意識しすぎずに)自然に呼吸が整っていくのが只管打坐の方向性なのかなと思っています。。

臨済宗でよく教わる「数息観(すうそくかん)」とは?

YouTubeや入門書でも「坐禅中に1から10まで数える」と解説されているのは、臨済宗の流れで体系化された「数息観(すうそくかん)」という方法です。お寺でもよく教わります。

やり方:吐く息に合わせて「ひとーつ」、吸う息に合わせて(または次の吐く息で)「ふたーつ」と心の中で数え、十まで数えたらまた一に戻ります。途中で数を忘れたり別のことを考えていたりしたら、気づいた時点で一に戻るだけです。

数息観は心を「呼吸の数を数えること」という一点に向ける技法で、集中力を養う入口としても非常によく使われます。臨済宗だけでなく曹洞宗でも初心者に教えることがある一方、「数えることに集中しすぎると本来の坐禅から離れる」という指摘もあるので、そこまで意識しすぎなくても自然に任せるのが良いのかなと思います。

「どちらで坐ればいい?」という問いへの答え

初心者のうちは「まず数息観で始め、慣れてきたら手放していく」というやり方も現実的でしょう。数えることで「雑念から離れた状態」を体で覚えていき、やがて数えなくても呼吸が整うようになるというイメージです。参加するお寺や道場で指導を受けた場合は、まずその指示に従うのが最善ですね。


坐禅前の「欠気一息(かんきいっそく)」も覚えておこう

坐禅に入る前に行う準備呼吸を欠気一息(かんきいっそく)といいます。肺の中にたまった空気を口からゆっくり全部吐き出し、吐き切ったところで鼻から大きく吸い込む——これを2〜3回繰り返します。

日常の浅い呼吸をいったんリセットして、坐禅に入る体と心を整えるための作法です。坐禅会でも自宅でも、姿勢を整えたらまずこれを行うと入りやすくなります。


よくある質問(FAQ)

Q. お寺の坐禅会でやり方が違ったらどうすればいいですか?

その場の指示に従ってください。坐禅の作法は宗派・道場によって細部が異なることが前提にあります。「事前に調べていた作法と違う」ことは普通にあります。参加前に「初心者でも参加できるか」を公式サイトなどで確認しておくと安心です。その座禅会の作法を丁寧に教えてもらえることが多いです。

Q. 数息観で数えることに集中しすぎてしまいます

それでも構いません。数息観はもともと「心を一点に向ける」技法なので、数えることに集中するのは正しい使い方です。ただ「10まで数えられたか」という達成感を求め始めると別のことになるので、数えながらも呼吸の感覚(お腹の動き・鼻を通る空気)に意識を向けてみてください。

Q. 坐禅中に雑念が止まりません

止まらなくて良いです。「雑念を追い払うこと」が坐禅の目的ではありません。雑念を受け入れること。雑念が浮かんだことに気づいて、呼吸や数に意識を戻す、この「気づいて戻る」の繰り返しが坐禅の実践です。うまくできているかどうかを自己採点しないことが、最大のコツです。

Q. 足が組めない場合はどうすればいいですか?

椅子坐禅に切り替える選択肢があります。詳しくはこちら → 坐禅で足が痛い・組めない時の対処法と坐り方の選択肢


まとめ——「細かい作法の違いより、まず坐ること」

坐禅の作法を整理すると、次のようになります。

  • :自分の体に合った段階から——半跏趺坐→あぐら→椅子坐禅の順で無理なく
  • :足より骨盤を立てることが大切。坐蒲を後ろ半分に置いて骨盤を前傾させる
  • :法界定印——右手の上に左手、親指を軽く触れ合わせて楕円を作る
  • :半眼——薄く開いて斜め前の床に視線を落とす
  • 呼吸:吐く息を長く・鼻呼吸が基本。初心者は数息観(1〜10のカウント)が入りやすい

作法の細部は宗派・道場で違います。「これが絶対に正しい」というものはなく、参加する場所の指示に従うのが最善です。作法に捉われずまず坐ってみること、それが坐禅の始まりです。

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この記事を書いた人

奈良出身・東京在住。IT企業でリモートワーク中心に働きながら、写経を5年以上続けています。写経会や宿坊の朝のお勤めで少しずつ坐禅に触れる機会があって、最近は家で気が向いたときに5〜10分だけ坐っています。「日課」と呼べるほど続けているわけではないけれど、そのくらいの距離感だからこそ書けることもあるかな、と思っています。
このサイトでは、自分が体験したこと・丁寧に調べたお寺の情報・続けるためのちょっとしたコツを、手帖を見せるように書き留めています。

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