坐禅・瞑想・マインドフルネスの違いとは?目的・作法・感覚を比較

坐禅とマインドフルネスって、同じようなものだと思っていたけど何が違うの?

坐禅に興味を持ち始めたころ、わたし自身もそう思っていました。どちらも静かに坐って、呼吸に集中する。見た目はほとんど変わらないし、「心を整える」という言葉もよく使われる。似てるといえば似てる。

ただ、実際に両方に触れてみると、似て非なるものだとだんだん感じるようになりました。この記事では、坐禅・瞑想・マインドフルネスの違いを、目的・作法・呼吸の3つの軸で整理します。

この記事でわかること
  • 「瞑想」「坐禅」「マインドフルネス」それぞれの意味と関係性
  • 目的・作法・呼吸の違い
  • どちらから始めるか迷ったときの考え方
目次

まず整理。「瞑想」は大きな傘で、坐禅もマインドフルネスもその中にある

「坐禅 vs 瞑想」という対立の構図で考え始めるとと、少しわかりにくくなります。

広い意味での「瞑想」は、心を静めて内側に意識を向ける行為全般を指す言葉です。

坐禅も、マインドフルネスも、ヨガも、ある意味ではすべて「瞑想」のカテゴリーに入る、という見方ができます。

ただし、「坐禅=瞑想の一種」とシンプルに言い切ると、禅の側から異論が出ることもあります。坐禅はあくまで禅宗の修行法であり、効果を求めて行う「瞑想」とは根本的に異なりますよ、という考え方が禅の世界にはあるからです。このあたりの話は、目的の違いのところで詳しく触れます。

一旦、まずは「似ているけれど別物」として、3つの違いを見ていきますね。

3つの違い。目的・作法・宗教性

① 目的の違い:「ただ坐る」 vs 「〇〇のために坐る」

いちばん根本的な違いは、目的を持って坐るかどうかです。

マインドフルネスは、ストレスの軽減・集中力の向上・感情のコントロールといった、具体的な効果を目的として行います。GoogleやAppleなどの大企業が社員研修に取り入れていることでも知られているように、現代社会のニーズに応えた実践的な手法として発展してきました。

一方の坐禅、特に曹洞宗の「只管打坐(しかんたざ)」の考え方では、坐ること自体が目的であり、何かを得るために坐るのではないとされています。「集中力をあげよう」「リラックスしよう」という気持ちを持った時点で、それはもう只管打坐ではない、という感覚です。

スポーツに例えるなら、マインドフルネスが「健康のために走る」だとすると、坐禅は「ただ走る」。結果として健康になることはあっても、それを目的にしていない、というイメージに近いかもしれません。

② 作法の違い:姿勢と場所の自由度

マインドフルネスは、座り方・場所ともにより自由度が高いです。椅子に座っても、床に楽に座ってもよく、専用のスペースも不要。スマートフォンのアプリを使いながら通勤中に、なんて実践も珍しくありません。

坐禅は、場所は自由ですが姿勢の作法がきちんと定められています。足の組み方は結跏趺坐(けっかふざ)か半跏趺坐(はんかふざ)、手は法界定印(ほっかいじょういん)と呼ばれる形に。背筋を伸ばし、目線は斜め下45度ほど。細かい作法が決まっているのは、「正しく坐ることそのものが坐禅である」という考え方があるからです。

③ 宗教性の違い:禅宗の修行 vs 宗教色のない手法

坐禅は、禅宗(曹洞宗・臨済宗など)の修行法です。お寺で学ぶのが基本で、師や僧侶の指導のもとで実践するのが本来のかたちです。

マインドフルネスは、もともと仏教の瞑想法をベースにしながら、宗教的な要素を意図的に取り除いた手法として体系化されました。1979年にジョン・カバット・ジン氏がマサチューセッツ大学医学部でMBSR(マインドフルネスストレス低減法)を開発したのが、現代への普及のきっかけで、医療や心理療法の分野で科学的な研究も積み重なっています。宗教や信仰とは切り離して実践できる点が、世界的に広まった理由のひとつです。

呼吸の扱い方がいちばん違う

目には見えにくいですが、実際に坐ってみると呼吸の扱い方の違いがいちばんはっきりと感じられます

臨済宗大本山・円覚寺の管長である横田南嶺老師は、マインドフルネス研究者の熊野宏昭先生との対談記事のなかで、熊野先生の言葉を紹介しています。

「坐禅の場合は、細く長い呼吸に集中していき、一点集中をしていくのが目的で、一方のマインドフルネスは呼吸をコントロールせず、自然な呼吸をそのまま観察していく」——ここがいちばんの違い

横田南嶺老師「禅とマインドフルネス」(臨済宗大本山円覚寺)より

というお話しです。

坐禅では呼吸を「細く長く、一点に集中させる」対象として扱います。外の環境や頭に浮かぶ雑念に心を奪われず、ひたすら一点に集中する。これが集中瞑想としての坐禅の核心です。

マインドフルネスでは、自分の自然な呼吸をそのままに、「観察する」ことに重きを置きます。呼吸を操作するのではなく、今この瞬間の体の感覚や思考を、評価せずにただ気づいていく。集中というより、広く気づく感覚です。

実際に両方やってみると、坐禅のほうが「内側に深く入っていく」感覚があり、マインドフルネスのほうが「今この瞬間に広く気づいていく(世界の中にいる自分を知覚するような)」感覚が強い、という声をよく聞きます。

どちらが優れているというわけではなく、向いている方向が少し違う、ということだと思っています。

わたしの場合、マインドフルネスに触れたのは本がきっかけ、坐禅は写経会から

少し個人的な話をすると、わたしがマインドフルネスを知ったのは、2015年前後ぐらいに読んだ本がきっかけでした。ストレスに効く、集中力が上がる、パフォーマンスが上がると書いてあって、アプリなども少し試してみたのですが、結果的には数日で続かなくなりました(笑)。

アプリの音声に合わせて呼吸を整えるのは悪くなかった。でも「毎日やらなきゃ」という習慣化するプレッシャーと、画面を開いて行う感じが、なんとなく自分には合いませんでした。

一方で坐禅と出会ったのは、写経会がきっかけです。写経体験とセットで、住職さんから「せっかくなので少し坐っててみましょう」と声をかけていただいて、はじめて坐禅を体験しました。お寺の静けさの中で、ただ坐っている時間は、アプリで試したときとはまったく違う感覚でした。何かを達成した感じではないのですが、終わったあとの頭の澄み方がちょっと違ったかな。

それから少しずつ、気が向いたときに坐るようになりました。

マインドフルネスが合わなかったからといって坐禅がいい、ということでもないと思います。それは、人によります。

アプリを使った習慣づくりが向いている人もいると思うので、「どちらから始めるか」は自分の性格や生活スタイルで決めればいいかな、と。

まとめ・違いを知った上で、自分に合う方から始めればいい

坐禅・瞑想・マインドフルネスの違いをまとめます。

坐禅マインドフルネス
目的ただ坐ること(無目的)ストレス軽減・集中力向上などの効果
姿勢作法が定められている自由(椅子でも可)
呼吸細く長く、一点集中自然な呼吸を観察
宗教性禅宗の修行法宗教色なし
場所主にお寺・自宅どこでも
  • 「瞑想」は広い概念で、坐禅もマインドフルネスもその中に含まれる見方ができる
  • 最大の違いは目的。坐禅は「ただ坐る」、マインドフルネスは具体的な効果を目指す
  • 呼吸の扱い方も異なる。坐禅は一点集中、マインドフルネスは観察・気づき
  • どちらが優れているわけではなく、自分の性格・目的・生活スタイルに合う方から始めればいい

「まずお寺の雰囲気の中で体験してみたい」という方は、坐禅体験から入るのが向いていると思います。全国のお寺で坐禅会が開かれているので、気になった方はこちらもどうぞ。

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この記事を書いた人

奈良出身・東京在住。IT企業でリモートワーク中心に働きながら、写経を5年以上続けています。写経会や宿坊の朝のお勤めで少しずつ坐禅に触れる機会があって、最近は家で気が向いたときに5〜10分だけ坐っています。「日課」と呼べるほど続けているわけではないけれど、そのくらいの距離感だからこそ書けることもあるかな、と思っています。
このサイトでは、自分が体験したこと・丁寧に調べたお寺の情報・続けるためのちょっとしたコツを、手帖を見せるように書き留めています。

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